「玲瓏」

 れいろう、という言葉を初めて目にしたときの感情は単純だった。きれいだなと思ったのだった。字面だけでは読めなくて、調べたら「玉などが透き通っているさま」だとか、「金属や玉がぶつかって冴えた音で鳴るさま」「音声が澄んで響くさま」と出ていて、意味まできれいなんだなと少し羨ましく思えた。
 名は体を表すとはよく言ったもので、「れいろう」という音と書いた字から受ける涼しげな味わいを、「玲瓏」は一身に背負っている。
 らりるれろ、には澄んだイメージがある。りん、と鳴ったらそれはまさに音が玲瓏としているようだ。風鈴が鳴るの如く。

 

 


 寒い日だった。あなたを強烈に意識した初めての日に、よく通る声で呼びかけてきたことをよく覚えている。冬の雨が上がり、雨雲が引いていくペトリコールの香りが鼻腔をくすぐる午後だった。なんて言われて足を止めたかもう覚えていないけれど、あなたの寒さで紅潮した頬を、華奢な体躯を、冬なのにロングソックスだけで耐える拙い自意識を今もありありと思い出せる。この不純物の少ない空気だったら、どこまでも響くその声でいくつかの話題を差し出したあなたに、きっと最初から惹かれていたのでしょう。
 人づてに聞いた。あなたが受験勉強をする理由のひとつに、都会に行くのだという意識があるのだと。そしてその「都会」には、ふたつ上のある他人の影があるということ。
 ああ、まさしく。あなたはどこまでも透徹で、私が掴むことはできないのだな。私に「勉強を教えて」と言ったあの冷えた午後と、合格通知を光る笑顔で私に見せる今日の午後のあなたはきっと同じで、あなたから発せられるとても美しく輝く澄んだ音色は、私とぶつかって遠くに離れていく、玲瓏なそれなのだった。