ぼくも観たぞ『ダンベル何キロ持てる?』

 どうも、一人称があやふやな人です。

 

 流行ってるようだし、万年ダイエッターなので『ダンベル何キロ持てる?』観ました。Netflixにあって助かった。

 結論から言うと、大変面白いしダイエットのモチベーションががつんと上がる。毎回、街雄の筋肉講座が楽しみで観てるとこある。あとダイエット関連の情報もちょいちょいあるのがとってもサンクス。でもチートデイの話は普通のダイエッターが真似するとよくない気もするなあ……ちゃんと食事管理できる人じゃないとダメだってイメージがある。少なくともゆるゆる食事制限(カロリー計算のみで食品の種類はあまり気にしない)をしているぼくには向いてない気がする。でも高タンパク低カロリーな生活は正直いってきついからなあ……ほら、アイス食べたいじゃん?????

 あっ、あと体育祭回で腸腰筋の解説があってよかった。筋肉部位の名称、あとそもそもどんな筋肉があるかよくわかっていないので参考になりまくりますな。下っ腹が永久に出てるのでいいかも。あと家系なのかケツから太もも(ハムストリングスというやつか)に脂肪が全く落ちなくて死亡なので(ガハハ)、その辺についていい感じの自宅トレを紹介してほしいなあ。レッグガールやりたいんだよねえ。でもジムはお金もかかるしなあ……。あとスクワットきついし飽きちゃう……。

 あ、あと今月であと1kgは最低でも落としますね。というかこの間2kg一気に太ってしまったので戻したい。戻さなきゃ……。10月までに5kg落としたいんだよなあ……。がんばりましょうね。いえい。

ネタバレ全開要約1 『ローズマリーの赤ちゃん』

 どうも、深由です。

 いや、気がついたら半年近く更新してませんでしたね。これもすべてPCの不調が悪い。まあ普通に使えてた時も更新はしてなかったんだけど。

 最近めっきり創作をしなくなって能力の低下をひしひしと感じるんですが、ぼくの基本能力の低さとして「要約がド下手」というものがあります。これからちゃんと文章を書こうとしている人間として日本語の文章作成能力がとても低いのは洒落にならん。というわけで気が向いたら観た映画のあらすじを要約しようと思います。レビュー的なことはしません。感想くらいなら書くかも。あらすじを書くんだと意識して観ればよりちゃんと観れるかなあとも思うし。

 

 今回観た映画は『ローズマリーの赤ちゃん』。1968年のアメリカ映画。監督はロマン・ポランスキーポランスキー初めてな気がします。もっとたくさん観なきゃなあ。

 では要約です。

 ニューヨークに引っ越してきたウッドハウス夫妻は曰く付きのアパートを借りる。曰く付きとは、そのアパートでトレンチ姉妹が子供を食べただの、霊媒師マカートが殺されたという類いのものだ。

 妻のローズマリーは隣部屋のカスタベット家に居候するケリーと仲良くなるが、ケリーは自殺をしてしまう。それを機にカスタベット夫妻とウッドハウス夫妻は親しくなっていく。馴れ馴れしく、世話好きな隣人を鬱陶しく思うウッドハウス夫妻だが、夫であり俳優のガイは非常に親密になる。ローズマリーも夫妻を無碍にはできず、ミニー・カスタベットにタニス草という薬草の入ったペンダントを貰う。しかしそれは、ケリーが自殺前にローズマリーに見せたものと同じペンダントだった。

 ある日、子供を作ることを決心した2人だが、ミニーが差し入れたチョコレートムースを食べた夜、ローズマリーは悪魔に犯される悪夢を見る。翌朝、ガイが眠っているローズマリー相手に子作りをしたのだと告げる。やがてローズマリーは妊娠し、友人に紹介された産婦人科にかかる。しかし、ローマン・カスタベットの勧めで夫妻が懇意にする産婦人科へと医師を変更。新しい医師はミニーにタニス草を含んだ薬草を煎じた飲料を作ってもらうように指示し、ローズマリーは従う。しかしローズマリーはひどい腹痛が長期間続き、どんどんと痩せ細っていく。妊婦は痩せてから太るものだと医師は太鼓判を押す。

 しかしローズマリーの面倒を見ていた作家、ハッチは心配する。ハッチはタニス草を不審に思い、調べてみると言い残す。しかしハッチはローズマリーと会う約束を取り付けるも、突如昏睡状態となりやがて死んでしまう。ハッチの娘から貰った『悪魔のしもべたち』という本を読んだローズマリーは、ハッチは悪魔崇拝をする人々に呪い殺されたのだと思う。そしてローマンは悪魔崇拝をしていたマカートの息子であり、自分の子供を生贄にしようと企んでいるのだと信じる。そして、産婦人科医もまたタニス草のローションを付けていると知る。一方でガイもライバルの突然の失明によって役を獲得するなど、都合よく出世していることから、ローズマリーは夫も含めた悪魔崇拝者たちが子供を狙っている陰謀を主張し、逃げようとする。しかし妄想だと思われ、医師に捕まってしまう。そのまま出産するが、死産だと告げられる。しかし自分の母乳がどこかにもっていかれたり、違う部屋から赤子の泣き声がすることで死産というのは嘘だとしたローズマリーは秘密の扉を見つけ、悪魔崇拝者の会合に押し入る。そこで自分の子供を見たローズマリーは衝撃を受ける。子供は、ガイとの子ではなく、悪魔の子だった。悪魔に犯されたのは夢ではなかった。ガイはやはり、出世と引き換えに悪魔の子を産ませるよう悪魔崇拝者に協力したと告白した。

 ローズマリーは悪魔の世継ぎとなった我が子を見つめる。そしてその周囲で、悪魔崇拝者たちは悪魔の世が始まったことを宣言する。

 

 

 

 くっそ長くなったし文章が下手だな! まあそんなことはいい。これから上手くなるもんね。

 めっちゃ面白かったです。いや、最初「カスタベット、めっちゃ気味悪い!」ってなるんよ。お医者もグルっぽいしさ。そもそも医者に電話するときに「今度こそは」って言ってたり居候のケリーが死んでもそんなに悲しそうじゃなかったり。でもだんだんローズマリーの妄想に見えてくるんだよね。本を読んでからのローズマリー統合失調症的な、陰謀論信じ切った人になっちゃうからこっちも「全部勘違いってオチかなあ」とか疑っちゃう。でも出産以降のシーンでやっぱり怪しい。母乳をどっかに持ってったりとかで「どういうこと?」ってなる。そんで最後にめっちゃ集会してるし。ヘイルサタン! って言ってるし! ガチのやつだ!(Church of Satanとは違うけどね)

 最初にめちゃめちゃ怪しくしておいて、でも途中で主人公を「信頼できない語り手」だと思わせることでこっちの感情を揺さぶってくる。すごかった。2時間超えなのにそんな長く感じなかった。ローズマリーが痩せ細っていく怖さとか、暗い家の不気味さとか。怖いものが出てきてないのに薄気味悪さでこっちが勝手にびびってく。あと後ろの使い方もよかった。ローズマリーが前の医者に電話したとき。医者のかけ直しを待ってると公衆電話に人が来ちゃって焦るとことか。前の医者に相談するところでローズマリーへの疑いが出てきたのでそれまでは感情移入してるんだよね。だからローズマリーの焦りを追体験しちゃう。あとローズマリーが逃げて寝室で電話するショット。後ろで忍び込んだ人たちが忍び足で横切るところは流石にびくってなった。誰もいないとか安心しきってたもんなあ。怖かった。検索したらミステリーとか書いてあったけどこれ完璧ホラーでしょ。

 いやあ、よかった。妙な信者たちにゆっくりと害されていくっていうの、『ヘレディタリー/継承』を彷彿とさせた。良かったなあ。

ぶち切れよみよみ丸

 どうも、深由です。

 

 現在学校の課題で丸山直起『ホロコーストアメリカ』を読んでいる。課題と言っても、指定されたわけではなく選んだのは俺なんだけども。 

 

 読むのがのろのろな俺でも結構読みやすく、非情にはらはらさせられる展開も多くて面白い。今更ながら歴史の面白さというものを噛みしめているんだが、本書で述べられているある出来事を読んだ時、心底胸くそ悪くなった。本は悪くない。本が示す事実にである。

 

 1938年11月9日の水晶の夜以降、ドイツ国内で反ユダヤ主義が席巻していく中、アメリカでは「ユダヤ人児童を保護すべき」という声が上がる。アメリカは移民国家ではあるが、既にWASPによる権益が構造化されていた。1924年民法などの制定により、新規参入は極めて厳しい状況であった。そしてユダヤ人は流浪の民であるため、かつてから好かれてはこなかった。「労働を奪う」とされていたわけだ。今もそういうこと言う奴いるよな。

 そんで、まあ歴史的な経緯もあるわ経済的な余裕もないわで、ユダヤ人移民の受け入れに対し非常に慎重な姿勢であったアメリカだが、ドイツの非人道っぷりが顕在化してくると共に「せめて児童には門戸を開きましょう。大人の移民より負担は少なくすむし」という意見が出始める。ぶっちゃけ「移民の面倒見切れる余裕ないよ!」ってなっちゃうのは理解できる。世界恐慌もあるし、自国民の食い扶持稼ぐのに精一杯だったからこそ移民制限をかけていたのだろう。しかし、やはり人道的に児童は救うべきだという声が出てくるのは素晴らしいと感じた。1924年民法の改正案が提出され、児童を救うべきだと議会でいよいよ審議される。

 でもいるんだよな。反対する奴。在郷軍人会やら「アメリカ革命の娘たち」とかいう団体やらが「他の国にも犠牲になってる人がいるのになんでドイツ優先なんですか」とか「まずユダヤ人の子供より貧困にあえぐアメリカ人の子供を救うべきでしょ」とか一見正論っぽいことを言い始める。そんで(スパイにビビりまくってる)国務省も反発して廃案!(今調べたら「アメリカ革命の娘たち」はDARといって、独立戦争に参加した家系の子女で構成された団体だってコトバンクが言ってた)

 一方で翌1940年にバトル・オブ・ブリテンが起こると今度はイギリス人児童が危機に晒される。再び米国内で「子供を救え」という声が湧き上がった。今度は反対の声なし! イギリス人児童835人はアメリカに疎開した。

 そして疎開が報じられると米国内の1万5000以上の家庭から「6歳で金髪の少女であればうちで面倒みるが?」といった申し込みが殺到したという。(前掲書p161-163)

 FUCK OFF。無事疎開できたイギリス人児童は本当に良かったが、謎の正論っぽいことで反対し、阻害したクソ共は見殺しにしたんか。差別主義者め。

 いや、いいんだよ。差別主義なら差別主義で。「あー、クソだな。早く釘とか踏み抜いて死なねーかな」って思うだけだから。でもさ、こういう奴らの醜悪な点って「他にも犠牲が~」だの「アメリカの子供も~」だの何か別のものを隠れ蓑にしながら差別をかましてきやがる。差別したいならそう言えよ! 「俺私はユダヤ人もそのガキも嫌いだからアメリカの土を踏ませるな!」って思ってるならそう言え! 婉曲して自分の差別心を他の何かに仮託するな馬鹿!

 これだから「正論」は嫌いだ(括弧で区切ってるのに意味はないぞ。特定の雑誌とかを指してるわけでもないからな。勘違いするなよ!)。正論は一面において正しく、全くお話にならない。何も深まらない。軸がない。そしてそれはパっと見で正しそうなだけじゃないか。本当に正しいのか? アメリカ人児童の貧困を救うには、ユダヤ人の見殺しが必須だったのか? そんでなんだよ「6歳の金髪の少女」って。差別主義で眼を爛々と輝かせやがって。クソが。

 

 

 困ったことに、現代でもこういう奴らはいる。

 「こういう問題は解決しなくちゃいけないよね」って話をしてるのに「じゃあこっちはどうなんですか」とレイヤーの違う話をぶっ込んでくる馬鹿。ほんと爆発とかしねーかな。

新年ですってよ@2019

 あけおめでござる。

 

 2019年だそうですよ。今年も早いんでしょうか。早いんでしょうね。

 2018年は映画を150本観れました(ら抜き言葉)。2017年は120だったかなぁ、と思うので増やせてよかったです。見返してみると全部楽しかったなぁ、と思います。また今年もたくさん観れるといいなぁ。f:id:MyYm34443:20190101213435j:image

 

 さて、去年はあんまりお勉強できなかったように思えます。これは反省。なので今年はやはりお勉強しなきゃな、と思う次第です。そろそろ院試も意識しなければなりませんしね。ひえ〜〜、大変だ。

 2018年もたくさんの出会いがあり、また思いがけない再会もありました。とても良い年であったことは確かです。嬉しいこともたくさんでした。しかし僕は過ぎ去ったどの瞬間も大切にしつつも、それ以上に今このとき、そして次の瞬間を大事に慈しんでいきたいと思っています。楽しくしていきたいですね。

 また今年は去年以上に文化に耽溺して、意識を拡張していきたいと思います(あっ、スピリチュアルな意味ではないですよ。視野を広げるとか、アンテナを高くするとか、感動を深めるとか、現実的な意味です)。

 

 それではみなさん、良い年にしましょうね!

承認って大事

 米津いいよね、米津(敬称略)

 

 いや、最近米津玄師の曲にハマってるんですけど(つっても『砂の惑星』からの『BOOTLEG』入りの『Lemon』『Flamingo』というにわかにもほどがあるコースなんすよ)、ちょっと悔しいんですよね

 なにしろハチは僕の中学時代の青春のひとつを間違いなく構成していたわけで、ボカロ好きオタク中学生であったところの僕は同じくボカロ好き腐り中学生の元カノ氏とハチ曲を聴きまくっていたわけです。『マトリョシカ』と『パンダヒーロー』は中学生の頃永久に脳内リピートかましていました。

 特に2人で「オピウムってなんだ?」となり僕のAQUOSフォン内蔵辞書には書いていなくて(僕はわからない言葉はすぐに内蔵辞書で調べていました。ちゃんとした辞書がモバイル版だとは思うけど入っていてすごく便利だった)、iモードを使えなかった僕に変わって彼女が調べてくれたらアヘンのことであるとわかったりね。その後、中学も最終学年になり、高校に上がるにつれてインターネット文化から離れてしまい、ボーカロイドの動向もさっぱりでした

 

 そんな中「米津玄師」という読みにくいおなまえのミュージシャンが流行っていると。初めて名前を見たのは『アイネクライネ』の時だったと思います。最初聴いたときは「なんか恋愛の感じかぁ。ほーん」というくらいしか感想がなかったんですけど、なんとなくその米津玄師がハチであるという話も聞き始めたわけです。いや、隠してるわけじゃないしってか米津のYouTubeアカウントにハチ曲出てるじゃねえかそもそもTwitterにハチって書いてあるやんとか色々あるんですが、そこでなぜかひねくれた僕は反感を持つんですよ。多分「大衆に迎合した」くらいの幼稚な感想なんですけど

 いや、ボーカロイドファンはマイノリティだったのでそこで自分の優越を保つには、とても頭が悪いので選民思想になってたんですよね。よくわからんけど。「これがわかるやつはちょっと違う」「テレビでかかっているような曲はゴミ」とか言いたくなっちゃう訳なんですよね(お、すごい。今回のテーマに繋がる)

 

 しかしですね、選民的なくせにボカロ曲がテレビで使われたりすると(『千本桜』がやたらめったら使われ始めた頃だったと思う)嬉しくなるわけですよ。マイノリティであることにも価値を感じていたはずなのにマスを対象にボカロ曲が流れると嬉しい。僕はこの矛盾を高校の時にようやく自覚したんですが、とても意味のないことだったなと感じる次第です。今では米津も完全に「いいやんけ!」となるし開き直っていっぱいテレビに流れてるような音楽を楽しんでいます。あ、欅坂いいよな。かっこいい

 そんでこの間YouTubeで『Flamingo』のMVを見てながら(よせばいいのに)コメント欄を除いてしまったんですね。ようやくここから本題

 するとそこに「紅白には出ないの」「いやむしろ出て欲しくない」「紅白の枠にはもういない」と紅白を踏み台にして褒める人たちがたくさんいるわけです

 ポップスのシーンを支えているのは間違いなく中高生でしょうし、こういうの書いてるのも自分を見ているようでくすぐったいものがあります。この承認欲求がすごい

 紅白を恐らく「取るに足らないもの」という位置に置くことで米津上げをしているんでしょうが、しかしそこでわざわざ「国民的歌謡特番」を持ってくることがすごく「米津ファンの自分」の承認が露呈されているなあ、と感じるわけです。本当に取るに足らない番組だと思っていれば話題にする必要すらないわけですからね

 そういう心境はとてもわかるし、見ててくすぐったく思います。彼らが承認という意味で救済されることを心から願いますし、先日DAMが「今年カラオケで『Lemon』が最も歌われた」と発表したことは、彼らの承認を満たすとともに「世間的な認知をそんなにしてほしくない」「自分たちだけのものでいてほしい」という気持ちを加速させるでしょう

 

 うわあ、すごい感想文になってしまった。うん。書くことがなさすぎたんだよ

 とにもかくにも、僕は中二病というものは大事だと思っていて、そういう痛々しかったり若い考えを持っていたりと、そういうくすぐったいものを過去に持ったことのない人は信用できない(言い過ぎ)とも思うわけです

 思わず長文になってしまって申し訳Nothing。こんなことを書いている暇があれば小説を書けと叱咤しながらお風呂に向かいますね。おやすむなさい

久々サウスパーク

 わー、お久しぶり!

 

 さて、昨日は久しぶりに『サウスパーク 無修正映画版』を観ましたよ。

 友人とタコパしながらだったので集中して観たわけではないのでまあ微妙なところなので、楽しかったなあ

 

 Blame CANADA!!!!!(ひどい)

 

 初めて日本語吹き替えで観たんですが最初「あれ?これ日本語なってる?」と疑問に思たんですよ。なんか何言ってるか全然聞き取れないの。確認しても日本語になってるし……うーんなんだろうなあと悩んでたら思い出した。

 これ日本語吹き替えが関西弁になってるんだ!ふざけすぎ!(すき)

 

 友人が大阪出身だったので「こんなん言わんww」と笑っていたので良かった。いやー、ほんとひどいなあ。カナダが攻めてくるシーンとか『地獄の黙示録』っぽいし、サタンはかわいくみえてくるし、曲が名曲ばかりなのなんなの……お馴染みの"Kyle's Mom's a Bitch"や"Blame Canada"は極めて素晴らしい……てか"Kyle's Mom's a Bitch"ってなんとなく"Supercalifragilisticexpialidocious"っぽくない??

映画みたよ

 う、うわああああああああ!

 気が付いたら全く更新していなかったですね。

 

 いや、映画とかは割と観てたんですがリアルネームでやってるインスタに感想を上げちゃってるのでここに書くことないんですよね……うーん、よくないですねぇ。

 今日『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』を観に行ってきたんですがこの為にM:Iシリーズ一気観してました。『M:I2』の途中まで観て終わってましたね。全部観たら面白かったです。お気に入りは『ゴースト・プロトコル』かなぁ。全体的に面白いんだけど、なんかしっくりこない感じはあるんですよね。なんだろう。話が複雑すぎるってわけじゃない(でも大体毎回敵対関係とかわけわかんなくなる)けど、なんとなく「なんで今ここにいるんだっけ?」が多いんですよね。

 

 というか、1作目の時点で「俺なんとか逃げてきたんだよね」って上司の話を聞きながら「こいつが犯人だったら辻褄合うな~~」ってイーサンが考えてる、って演出がよくわかんなかったクチですからね。いや、そういう演出なんだろうなとは思ったけどちょっと確信が持てなかったというか、そんな感じです。

 

 『フォールアウト』なんですけど、長えよ! あと懐古趣味がすごい。いいんだけどさぁ、なんかもうちょっと新しいのが観たいな。あ、『最後のジェダイ』みたいな方向じゃなくてね。『最後のジェダイ』みはところどころ感じましたよ。「不可能が連鎖する」せいで作戦が杜撰になったり。脚本なんかないってのはわかるけどさぁ。あ、脚本と言えば脚本が緻密らしいんだけど飛行機の中で観たせいでよくわかってない『スリー・ビルボード』も観直したいところ。暗いけどね。

 

 いろいろ書こうと思ったんだけどインスタに書いてしまったし、それコピペするのもなんだかなぁ、と思ったので一応ここで締め切りますね。ばいびー。