伝達/浮遊
ストーリーズの閲覧履歴で、直輝が見た跡を見る。あ、循環した。煙混じりの溜息が散った。スマートフォンの下部から横方向に表面をなぞると、画面がいっしゅん緑色になる。未読。ストーリーは見てるのに、私からのLINEを見る時間はないんだな。幼稚な苛立ちを自覚してしまい、気持ちがざらついたもので撫でられる。
とっくに冷めたコーヒーを飲みこんでしまってから、ベッドに敷いていたタオルと投げ捨てた下着を掴んで浴室へ向かうことにした。鏡のなかに映り込んだ自分の、首元にふたつ落ちた赤い跡がいやに目についた。ああ、くそ。気にしたくなくても結びつく。iPhoneで「群青日和」を爆音で流して扉を開ける。
栓を捻ってもお湯はすぐには出ない。十数秒だけ流れる冷水が好き。消えてしまうもの。消滅を願われているもの。数秒迷って、一歩踏み出してみる。冷水を浴びる。消えるはずだった水たちに意味を与えてやる。心臓がびくりと大きく鳴り、肌に緊張が漲る。不意の冷たさに身体が順応するころには、水は生暖かくなってきていた。
汗と汚れを早急に流す。醜い鏡はできるだけ見ない。浴室内にバスタオルを入れておいてよかった。体温が下がる前に身体の水分を拭って下着を付ける。身体に跳ねて散った水滴でiPhoneはびしゃびしゃで、バスタオルの端の、まだ水分を含んでいない部分で拭ってやる。ドライヤーを、温風と冷風が交互に出てくる設定にする。こうすると髪の負担を和らぐって、一週間前にリツイートされていたのを見たのだった。けど、二回ブリーチをかけた髪に手間や時間をかける意味があるのだろうか。それより髪が伸びるのを待ったほうがいくらかマシなんじゃないかな。髪の水分が飛んで行ったら、化粧水と乳液だけ取り急ぎつけてしまうと、ああ、そういえばこれはホワイトデーに直輝からもらったものだったな、と思い出す。私がふだん使っているブランドとは違うもので、もらったときは「相談しろよ」と思ったけどなんだかんだ使ってしまっている。前に使っていたのがなくなって、買いに行くのがめんどくさくなって使ってみたら、存外悪くなかった。化粧は目と眉だけですませた。マスクするし。中学生のころからいわゆるマスク族で、ときどき全顔のメイクがわからなくなる。アイラインを引くのだけやたらと上手くなった気がする。
シャツとパンツを着て、気持ちだけ焦りながら、三ヶ月前に買ったコーチジャケットを羽織り、カバンを持って出て行く。家から七分ほどで駅に着くが、乗りたい電車が出るまであと五分だった。小走りで帳尻を合わせよう。そんな調子で家を出たのに、地下の深い場所に建造された駅ホームに着くころには完全に息が切れている。なんでもう少し早く準備できないものかな。毎日そう思っている。
車窓には何も映らない。東京を縦に割るこの列車の窓からは暗闇だけが差して、人々の足元はるか下を這い回る。蝉のように潜っていく。この巨大な箱を駆動するモーターの音は、ノイキャンで耳に入らなかった。
息を整えて入った教室にはすでに三人の影があった。同級生と目線で挨拶をし、「こんにちは」と教員に挨拶をする。「どうもどうも」と指導教員の伊波がにこやかに応答する。彼の前には数冊の本が置かれていた。書評を書かねばならないが間に合う気がしないと先ごろ漏らしていたのでその本だろう。夥しい数の付箋によって厚みを増した学術書には、紙の本の物質性というか、迫力がある。ここにそれがあることを知る。
「じゃあ、今日は『快感原則の彼岸』の三回目ですね。該当箇所はすでにメールに添付しましたので……あれ、配ったよね?」
心配そうな伊波に学部からの聴講生が「月曜日に来ました、メール」と答える。よかった、と微笑むと今日の読む箇所の要点をかいつまんだ説明をしてくれる。一応読んでは来ているので、聞き齧った語句を使って議論に参加してみる。他の院生が自分の何倍もの反応速度で応答している。知っている言葉がいくつかあった。そこに反応を返す。
院進してからずっと居心地が悪い。自分はここにいてはいけないんじゃないだろうか。Bluetoothキーボードを忙しなく叩いて、iPadのメモに論点を打ち込んでいく。知らない概念が、理解できない抽象が、とりあえず画面の上にだけ、一〇.五ポイントの大きさで点灯する。私の頭にこれが入るのはいつのことなのだろう。今年度で修士論文を書き上げなければならないのに、そんな水準にまでとても達していない。毎回、毎回。鬱屈としていたらいつの間にか授業時間が一杯になり、伊波が終わり際にするすると述べた参考図書をなんとか書き留める。同時に大学図書館のwebサイトで蔵書を調べる。貸出中。マスクのなかで小さく舌打ちをしちゃう。聞かれただろうか。
「石田さん、目次の改訂版は今週中でいいので、できたらメールください。それを元にまた相談しましょう」
伊波に言われ、あ、はい。すぐにお送りしますね、と慌てて応答する。渡さなければいけない資料はもうできてはいたが、あまり見せたくなかった。別にあと二、三日寝かせたところで良くなるとも思えないけれど。手元でドキュメント・ファイルを開いているうちに伊波は博士の院生たちと談笑しながら退出していった。私は帰り支度も遅いらしい。
頭をぐるぐるとさせながら、慣れた足取りで図書館のゲートをくぐる。磁気か何かが作用しているのか、ワイヤレスイヤホンの調子がおかしくなり、音楽が一瞬途切れて、遅れを取り戻すようにまた流れ出した。通信不良を確かめるように「あ、あ、あ、あ、あ、はい」とイヤホンから流れた。図書館の三階まで階段で登り、目当ての本を探す。参考になりそうな本と、そこに隣接していた本を借りたら五冊になってしまった。元々、一冊だけ借りようとしたのに。図書館の本がこれでもう家に十二冊置かれることになる。そのうちの何冊にちゃんと目を通しているかとかは考えないことにしている。図書館から直結のカフェで席を取り、コーヒーを頼んで携帯を見る。見逃せない通知。直輝からだ。「わかるわ笑」とだけ。どう返せっつうの。「ね笑」と打ち込んでみる。消す。「共感されてよかった笑」と打って送信。インスタを開いてブックマークしておいた投稿をスクショした。「そういえばここ行きたいんだけど、どう?」とスクショした画像を送る。中華料理の画像が出る。コーヒーを啜りながらTwitterを見てみたり、一〇分待ったが既読はつかない。時間的には休憩中だと思うんだけど。借りてきた本の序文を読んで時間を潰す。アルバイトは一九時からだったから、まだ少し時間がある。考え事をしていると、何も頭に入らない。Twitterは「どうしてる?」と聞いてくる。幸せの象徴からの詰問。「やる気が終わっている」とだけ打って流した。フォロワーが四人いる。そのうちで面識があるのは二人。あとはツイートが少しだけRTされたときにフォローしてきた、話したこともないひと。きっと誰も読まないだろうツイートを、インターネットに放り込むことでほんの少しだけ軽くなってしまう迂闊さ。
びり、と携帯が震えたので間髪入れずに裏返した。未読を知らせるバッジが青い鳥の上にあった。直輝とはLINEかインスタでしか繋がっていない。いいねでもされたのだろうか。開くとDMのところに一と表示されていた。沙織だった。
「ねえ、また会えない?」
それだけ見て、返信を先送りにする。TwitterはLINEよりも遅く届く。だからDMの返信は後回しになる。直輝と同じことしてるな。嬉しくなり、二秒遅れて、ぬるりとした気持ち。気悪いことしちゃってる。コーヒーのなかの氷が、外気をカップに滴らせていた。
どう返そうかと思案して、いつの間にか大学を出ていた。沙織はいい子だけど、いま会いたい気分じゃないし。直輝ともう少しやりとりができていれば違う対応をしてたかな。感情に振り回されている自分が嫌いだ。すぐにそう自覚してしまう自分も嫌だ。気づかなければよかったのに。私は、理知的でありたいと思って勉強してみて、挙句の果てには大学院にいるのに。自分が俗物だと、自分で突きつける瞬間が集積して、私の日々が作られる。「いいよ、いつがいい」と返す。すぐに既読がついて「やった」「次の日曜はどう?」「バイト入れてなくてさ」「晴香ちゃんが無理そうなら合わせるよ!」と返ってくる。日曜か、直輝との予定が入るかもな、と一瞬躊躇ったが、「いいよ」と打つ。だってそんなことはないもの。
「よかった。インスタで見たパフェの店行きたいんだよね。晴香ちゃん甘いの平気だっけ」
「普通に好きー」
「そっか。なんとなく甘いの苦手なイメージだったw」
単芝じゃん。いまや特別な意味を持つものではないけど。沙織は結構、wを使う。私の自意識だとwってなんかオタクっぽいっていうか。動画サイトで、画面を横断幕みたいによぎっていくあのイメージがどうしてもついてまわっている。自分がその一部だったから余計に。私は使えなくて、どうしても下手な擬態に終始する。別に誰も、語尾につける小さな感情の記号、というよりむしろ、敵意のなさや適切な距離の表意が、wだろうが笑だろうがわらだろうが気にしやしない。そういうのがただただ自意識に乗っかる煩わしさにずっと掴み取られている。ひとが気にしないところばかり気になって、気にしなきゃいけないものを取り逃がしている。いつしかそういう気分ばっかりが大きくなっていて、足取りを邪魔している。沼地を歩く速度になる。身体も、脳みそも。視界に映るもの何もかもがロクに見えなくなっていることに気づいて、スマホに慌ててピントを合わせ直した。
「そう? 前会ったときケーキ食べたじゃん?笑」
「あれもチーズケーキだったでしょ。ショートとかさ、生クリーム系とか食べなさそうだなって思ったもん」
「よく見てるね」
「晴香ちゃんのこと好きだしww」
「ありがとー」
「そっけなww」
絶え間なくやりとりが続く。こういうふうにやりとりできたらな、と別の顔が思い浮かんでしまい、沙織に悪いなと思った。ひとに対して、できるだけ誠実にはいたいと願ってしまう自分のわがままだった。
「じゃあ日曜の一四時ね。東口出たとこで」
「うん! 楽しみにしてる」
予定を合わせ、行きたい場所を話し合って、そうして「楽しみだね」と声を合わせる。決まり文句を告げる。なんでもないこと。なぜこれだけのことが、と思う。
帰り道は歩くことにしていた。実際、電車に乗ったところでそう大差はないのだった。朝は急いでいたから、五分が惜しくて電車に乗ったけれど、いまは電車賃の一八〇円くらいのほうが惜しい。通り抜けようとした公園の鳩が一斉にこっちを見る。いつもこうだ。私の黒い日傘がよくないのかもしれない。似たような日傘を持ったひとが餌付けでもしてるんだろうか。くそがよ。存在しないひとに悪態ついてもしょうがないのだけれど、ほら、鳩が一斉にこちら目掛けて飛んでくる。私は小走りで駆ける。スニーカーがタイル上の地面を蹴る。ぶわぁと大きな羽音を立てながら、公園内の公衆トイレの屋根からこちらに向けて、十数羽が降り立とうとしている。鳥の目は苦手だ。生きているのか死んでいるのかわからない。羽毛に覆われていて丸々とした鳥は、体温を感じさせない。むしろ爬虫類だのといった動物たちのほうが、いくらか親近感を覚えた。私の通った後や、通ろうとするそこらに鳩は降り立つと、木々から落ちた何かの欠片を啄むようにしていた。そこには何もないのに。あなたたちが食べられるようなものはないんだよ、とマスクのなかで、音もなく漏らした。でもそれは届かない。言語が通じなければ音もなかったから。空いている道を駆けて、一瞬で振り向くと盗み取るように写真を撮った。文字付きでストーリーにあげた。「また追われた。ヒッチコックか?」とだけ書いた。すぐにタスクキルした。
アルバイト先に定刻の二分前に着いたら、バイト仲間に小言を言われた。別に、時間より前に着いてるんだからいいじゃん。「ははは、すみませんバタバタしてて」。労働中は脳みそを使わないことにしている。かかってきた電話に、用意されたマニュアルの通りに応答していくだけ。多種多様な罵詈雑言、でもない。相手の言葉なんてものはほぼ定型化されて、類型化されて、標準化されて、整頓されたマニュアルのなかで大人しくひしめいている。採取された言葉たち。何も考える必要はない。私は交換手にすぎない。要求に対してデータベースから適当なデータを引っ張って吐き出す。エラーが起きたら上長にスロー。ただ処理を、媒介を続ける部品。それはそれで好都合と、頭のなかでぼんやりと論文の輪郭をスケッチしていく。リニアな文字が直線的に並ぶ論文という形式に落とし込む以前、脳の無限空間でのイメージ。ひとつだけ浮かぶ映写機。具体的な形を伴っている。機械が作動して、くるくるとフィルムを巻き取っていく。強烈なライトが灯り、光線を放つ。そんな映写機などもはや動いていない! けど、これでいい。イメージが重要だ、と思う。くるくると稼働するフィルムなんていまは関係ない。なんなら、そこにあるかどうかすら、さして問題ではない。あること、存在がうっすらとだけ。思い出すように、そこに意識を向けたときだけ感じられればいい。見ようと思わなければ、映写機は見えない。観客は、プロジェクターには目もくれず、目の前に張られた巨大な白い布帛を、しかしそれをそうとは見ずに、その上に注がれる光の流れを観る。表面のうえを飾るものを。観客は、後ろにあるプロジェクターなんて気にも留めない。目の前の、照らされている織物の、照らされ具合のみに関心を向ける。そのとき、隣人はいなくなる。私だけがある。目の前の座席からわずかにでっぱった頭のさきも消えてしまう。すべて、明晰に判明でなくなる。曖昧に流されて、この私と、流れ続ける光。むしろ曖昧の極地にあるような、秒間二四回の速度で切り替えられる光の、しかもそれらが消えることで織りなす残像。実体のなさ。隣の席のひとのほうが、はるかに具体を持っている。でも、光の時間にその具体は抗いようもなく消える。曖昧さと私だけになる。吸い込まれる。私は、いるのだろうか。本当に? 吸引されて、私自身は誰のものでもない、どこにもない、ただ足を持たない瞳だけになって、展開されている空間を漂う。そのなかに入り込むことはできない。あくまで、パノラマのように、風景のように、じっと貼り付けられた平面を浮かぶように眺めている。
光の織物が場所を生み出して、そこに入り込む。夢を見ているはずだった。ハリウッドが夢の工場と呼ばれるように、私たちは工業生産される夢に取り込まれに映画館に行く。漠みたいだな、と思う。私たちは夢を見せられ、意識を食まれている。そこには何もない。何もない。何もない。光だけが空中を真っ直ぐに進んでいて、混色して、なにやら像が浮かんでいる。それらは実体によって、巨大な布と無数の部品による機構とによって織りなされる実体なき存在。
ふと、スマホを見るとまた沙織からDMが来ていた。通知を見ると、行く予定のお店のURLが来ていた。ママからLINEが来ていた。実家でエゴノキを植えつけたらしい。直輝からのLINEはまだなかった。既読はついていた。別に、忙しいのだろうなと思った。みんな、私にそれぞれの言葉遣いで語りかけていた。高校生のときに読んだ現代文のテクストを思い出す。ペルソナ。自分のなかにある複数の側転で、友達といるときの私や家にいるときの私といった自身の複数性。LINEやDMにあるメッセージの行列は、ペルソナの行列だ。私という肉に貼り付けられたテクスチャが、どんな形をしているのかを他のひとが教えてくれている。それぞれのひとたちは、それらの視認可能な一面だけを捉えることができる。私という現象の現象学。
私の肉という実体。この肉、この質量、この存在感。光よりも重い。はずだろう?
「愛してる……」
ん、と声になる前の音が喉で鳴る。直輝はベッドから這い出ると、そばに落ちていたカルバンクラインの下着を身につけながら「ってさ、あまりに恥ずかしくて言えなくない? 言えない言葉ランキング上位ランカー」とこっちを向いて顔を歪ませた。笑っているのかな。直輝の顔は、いつも笑っているから、笑っているように見えないのだった。というより、感情を乗せているように見える。喜怒哀楽を顔に貼り付けているように見える。別にそれは、彼が感情をわざと作っているみたいな、漫画的なサイコパスキャラが普通の人間を装っているってことなんじゃない。むしろ、直輝はコミュニケーションを音ゲーだと思っているような気がする。ここで、この表情をする。流れてくるノーツに合わせて。しゃん。この言葉が来たら、この文章を発信する。長めのノーツ。しゃんしゃん。パーフェクトコミュニケーション。なめてんのか。
「私は別に、言いたいし聞きたいけど」
「俺は苦手だな。なんか自分が物語に入ってしまったようだもの。あまりに大仰で、さ。感情より言葉が先行している。ロマンチック、じゃん? 晴香が教えてくれたんだっけ?」
そういうところが私と合わないのだろう。さっきまで私を――というか私の身体を――見つめていたその瞳はいまや、分子ひとつ分も動きを感じさせない。深く冷たい眼球は長さのあるしなやかな睫毛に覆われて、感情がひとつも見えてこない。何考えてるんだろう。もう最近は考えるのをやめている。
「なにが?」
「ロマンチックって、小説っぽい、だっけ? なんかそんなこと」
「ああ、小説(ロマン)ね。よく覚えてるじゃん。直輝のくせに」
私の話、興味ないんだと思ってた、とまで言ったら、なんて思うかな。でも喉はそのようには震えなかった。やめておいたほうがいい。嫌な女で終わりたくない。
「直輝さ、このあとどうする?」
「仕事。あと一時間くらいかな」
ほら。そんなこと言ってなかったじゃん。どうせそう言ってもそうだっけと言うだけなのはわかってる。不満げな顔はしないで、すましておく。へー、そうなんだ、大変だね、みたいな表情で。
「最近ご飯行けてないね」
「昼、食べたじゃん。おいしかったなあ、鴨そば。また食べたい」
「夜のことだよ、普通」
さっきのように顔を歪めると直輝はシャツを羽織る。ブロードっぽい光沢の黒い布地に、派手な暖色で描かれた花のプリントがそこかしこにある。ヴァニタス。ZARAに売ってそうだな、と思った。直輝は古着屋で働いている割に、新品の服をよく買っていて、なんでバイトそこにしたのって聞いたときに「ぽいじゃん」と言われた。パーフェクトコミュニケーション。人生とか、パブリックイメージとの。直輝は自分がどう思われているのか知っているのだ。だからパーマもかける。自分が好きとか嫌いとかじゃない。自分がない、という自分がある。『レディ・プレイヤー1』という映画を去年観たのを思い出した。スティーヴン・スピルバーグが監督していて、たくさんの見覚えのあるキャラクターのガワが画面にひしめき合っていた。そこで、メカメカしい車が走っていて、デロリアン号だなあと思った。スピルバーグ自身の作品のモティーフは、ひとつも出していないなあと気づいて、胸の辺りがしゅわしゅわした。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、スピルバーグがプロデュースをしているけど、監督はロバート・ゼメキスで、でもスピルバーグが撮ったとなんとなく思われている。だから『レディ・プレイヤー1』は彼が手がけたアイコンたちが。愉快に出てくると思われていたようだけど、そこに本人の創作物はなかった。絢爛な画面のなかですっぽりと自分がいないものを作ったのだ、彼は。自己の不在。直輝と熟達の芸術家を連想の線で束ねると、少しおかしい。直輝は古着屋で働きながら、カルチャー雑誌やカルチャー紹介系YouTuberで「履修すべき作品」を知り、バズった香水を買う。そういうところがすごく嫌いだし、でもその分だけ近づきたかった。直輝はボタンをバカ丁寧に最後まで閉めずに(最後まで閉めるのは、直輝的じゃないからとわかっているのだ。丁寧にも!)、こちらを向き直る。
「俺、大学出てないしさ。普通じゃないんよ」
ああ、さっきの私への返答か。声に邪気がない分だけ腹たつ。
「別に、大学出てたらとかそういう問題じゃないでしょ。私の友達だって高校出てすぐ働いてる子いるしさ」
「そうね。むしろ、大学出てまで勉強してる晴香のが普通ではないか」
皮肉げに笑いながら立ち上がると、直輝はホテルに入る前に買っていたボトルのコーヒーを呷った。あんまりよくない空気になっている。これもあえてやっているの?
「みんなと同じじゃないって自覚してるけど、あんまそういう言われ方は気持ちいいもんじゃないよ」
「ん? あぁ、ごめんごめん。気に障った? 馬鹿にしてるとか、そういうんじゃない」
「わかってるよ」
直輝がいつの間にか私のそばにいて、腕を回してくる。身体が引き寄せられ、密着する。そうすれば私が喜ぶと思っていてやっているのだ。こいつは、私がどうしようもなく自分に惚れている自覚があるのだ。抱き寄せられて満更でもない自分もどうかと思う。こんなもの突き放さなければならないと、私の理性が叫ぶ。ひとは女に生まれるのではなく、女になるらしい。私は、こんな女になりたくなんかなかった。私の、この身を刺すような安堵は、私がそうなるように生きてきた結果と受け入れるしかないのだろうか。こうやって、惚れた男の腕のなかで感じる安堵感は罪なのか。これも、私の預かり知らないものによって、またそれに打ち立てられた社会によって私に与えられたもの? 素朴だと、自然だと思っている自分の感情も、信用ならないようになってしまった。学問は遅れてやってくる。時限爆弾で、呪いだった。過去の人類学者の亡霊がまぶたの裏に見えた。歯噛みながら、それでも腕を直輝の背中に向かって回したかった。腕に神経を通して、抱きしめよう。そう思い立った次の瞬間に、私の身体に伝えられていた力は緩んだ。ゆっくりと持ち上げられていた私の腕は、不恰好に浮かんでいる。直輝は私の気を知ってか知らずか、するりと身を引き離していたのだった。腕は所在なく放り出していて、指を死にかけの虫のように何度か動かす。抱きしめ損ねたものが、直輝がいたその虚空にだらりと下がって交差する。「愛しているよ」と、またあの顔が笑った。わざとだ。わざと。直輝は、この顔をいくらでも作り出す。俳優が同じ演技を求められるときに、寸分違わず動作するように。カメラの撮影範囲を理解しながら身振りするように。直輝は、私がいつどこを見るか知っている。わざと、わざと……。
ぐるぐるする。愛している。脳が揺れる。愛す。あなたが? 恋愛なのだろうか。これが? 愛と恋との違いだとか、そういう子供めいた疑問すら浮かんでくる。何が欲しいのかもわからない。愛したい。恋したい。愛。恋。愛。恋愛。
「のディスクール』」
大学図書館の本棚から取り出した本のタイトルを読み上げると、わずかに上ずった声になった。恋愛にまつわる文章について書かれたこの本を私は読んでいない。ただ、手に取ってみたくなった。ちょっと思ったより分厚いな。いまの時期にあんまり関係なさそうな文献に時間を割いてるのはな。でも夏以降なんかもっと読む暇なくなるだろうし。
直輝の放った五文字に頭を支配されたせいで、昨日はよく眠れなかった。恋愛とは何かについて考えながら、だいぶ前に、写真について書いてある小さな本を読んだことがあって、この著者の本を思い出した。午前三時前にメモをした。読めるのかな。一応借りておいた。一応、が積み重なっている。この本だって自分の研究には関係ない。関係、ないのだろうか? 直輝の言葉も、高名な哲学者の言葉も、いま私の胸のうちで、まったく同じ重みで降り注いでいる。天蓋から、星が引き合う速度で自由落下していく。青い光を放ち、空気抵抗でその外殻が、表層的な意味がめくられていく。玉ねぎみたいだ。いやもっと、むしろ、素朴なもの。小さなころに植えた、チューリップの球根を思い出した。皮を剥いたら、まだ皮だったのだった。だから剥いて、剥いて剥いて、そうして怒られた。「遊んじゃダメでしょう」。遊んでないよ、と思った。だってママ、野菜は皮を剥くでしょう? これは、玉ねぎの記憶だったかもしれない。あ、い、(い)、え、う、の母音を発音する形に口を歪ませた直輝の言葉は、その文字の連結が運ぶ意味を持ってはいなかった。それは、私を数十分繋ぎ止めておくための言葉だった。絆、という言葉の原義は、家畜を繋ぎ止めておく紐のことを言うらしい。括り付けられたもの。紐。紐帯。私と直輝を結ぶもの。直輝が私と、物理的に結ばれるためのもの。私の身体で、彼の身体をしごくために編まれた、見えない紐。言葉が、紐になって、するすると私の首と、腕の付け根と、胸と、股間に入り込んできて、ぐい、と引き寄せられる。絆だ。会ったとき、スマホ見てたな、何見てたんだろう、とか。女の子が使うようなバッグを肩からかけて、私との間にバッグがあって、邪魔だなと思っていたこととか。思いめぐる。思いめぐらせる、私はそこにはいない。望まずに、勝手にやってくる。私の記憶を誰かが高速で巻き戻したり、再生したり、一〇秒スキップしたり、また戻したりしているみたい。リモコンだ。シークバーじゃない。リニアな時間の流れる「動画」ではない。私の記憶はもっと断片的で、ジャンプするように飛んでいく。巻き戻すというより、むしろ一〇秒戻し。ボタンを連打していく。見たいところまで。見たいところを覚えていないから、タイムスタンプなんてないし、ボタンを押しまくって「あ、これだ」とそこで微調整する感じ。見たいものを思い出す感じ。誰かがそうしている。それは私なのだろうか。私の欲しいものは、私が欲しいものなのだろうか。
図書館の自動ゲートが開くのがいつもより遅かった。真っ直ぐに進んで、キャンパスを進む。左側に曲がって、中央にある中庭を目指すと、やけに近代的なガラス張りの建物が見えて、そのビルに入って行った。浮かんでいるように見える階段は、現代建築っぽいけど、スマホとか落として悲惨な目に遭う学生もいるだろうなと思う。一段跳びに上がるのが少し怖かった。
三階の教室に入ると、学生はまばらだった。前の、端の座席に自分のリュックを置く。周囲にひとが来なさそうで、後ろに誰か来ても邪魔になることはないような絶妙な位置だった。から、と滑りのいいスライド式ドアが開かれた音が後ろからして、伊波が入ってきた。
「ああ、石田さん。ごめんなさいね急に」
「いえ、院生室にいたので平気です。TAの子がいないとか?」
「そうそう、なんか今日来れないらしくて、そんなときに限って資料が多んだからねえ」
伊波の手には量のレジュメがあった。電子で配布すれば、と思ったが考えがあるのだろう。初めて面談したときに、電子書籍はほとんど買わないと言っていたのを思い出した。
「ごめんなさいね、こっちは僕が置いてくるから、そっちの山をお願いしていいかな」
レジュメを渡されて、教室のいくつかのテーブルに小さな山にして置いていく。後ろの扉から入ってきても、前から入ってきても取れるように。小分けにしていく。手の感覚だけでなんとなくの厚みを測定する。身体があるな、と思えた。指先から伝わってくる量的な情報を受け取って、このくらいだろうと判別して揃える、置く。機械的な動作。何度も繰り返して、教室のどこにいても取りにきやすいようにした。ちらりと見ると、伊波が自分でやると担当したレジュメが配置し終えてないようだった。不器用だとは思っていたが。伊波の焦りはよそに学生がちらほらと入ってきて、レジュメを回収し出す。ふらっと言って一枚ずつ取っていくひと。友達と話しながら並ぶひと。二枚取るひと、きっと友達の分だろう。これら一枚一枚は、一年後にどうなっているのだろう。ふと、ひとつひとつについて考えることがあった。駅で暴れているようなおじさんにも、愛された幼少期があったのだろうか、小学校での最初の自己紹介は緊張したのだろうかとか、思いを馳せてしまう。このレジュメたち一枚一枚は、学生たち一人一人の生活のなかに溶け込んでいく、ファイリングしたりして、レジュメに自分の人生のなかで位置を与えるひともいれば、あってもなくても同じような扱いをするひともいるはずで、全部ここにあって、少し前は同じようにプリンターから順次吐き出されて、さらにその数刻前はなんの区別も刻印もなく、真っ白な束として眠っていたはずなのに。やがて異なる意味を与えられて、まったく違う立ち位置へと変貌していくのかと思う。
チャイムが鳴る。チャイムが鳴るのはキリスト教系の学校ばかりだ、と他の教員に言われたことがある。そうかな、と思っていたら「石田さんが学部でいたところはどうだったの」と指されて、何も覚えていなくて困った。音に導かれるように伊波は教壇へ、私はさっき確保した座席へ、学生たちもめいめいの座席に向かう。息せき切って入ってくるひともいる。出席を取る授業でもないのにそんなに汗だくになって偉いな。
伊波は自分の専門にかなり近い話を講義でしている。学部の二年以降で受講するのが前提となっていて、学生の大半があまり理解していない様子だった。伊波の側もたくさんの文献と、あと最近のアニメを例えに持ってきて説明しているが、苦労も虚しくだんだんと船を漕ぐ学生も出てきていた。
「結局、他者への倫理というのは、自分が中心ではないと気づくところから始めねばならない……」
もう、ちょっと伏目になりながら伊波が説明していた。プロジェクションされているスライドに映った女の子のイラストがむしろ痛々しくある。それは手紙を送ることを主題にしたアニメらしかった。自分を抜けていくことについて考える。近代の中心である自分。いま、ここの、自分。それぞれが持っているはずの自分という特権的な存在。私。そこに入り込んでくる急な他人。二人の男女の顔を思い浮かべる。顔。顔がある。顔から入ってくる。顔を持って私に入ってくる。だからこそ、私はあのひとたちといると苦しい。それだけ、愛おしい。ちゃんと接しているのだろうか。私は、私を中心に構築した世界から、無限に隔てられた他のひとに接することができるのだろうか。そのわずかな跳躍のために、何かに触れるため、届くために私は文章を書いているのだと思う。
「目次ってものは、全体の設計図になるわけだよ。それがほとんどすべてを決める」
授業後、研究室で私が送った修士論文の目次を見た伊波は静かに告げた。
「そう、ですね。全体のビジョンが見えてないとできないとは思います。ちょっと、二章の議論がまだ曖昧で」
「まあ、どの部分が優れているのかってのも大事だけどね。石田さんの場合は三章のところが問題になってくるんだよね。バルトの写真論を援用して、存在について語る部分。でも、ここだけが大事ってわけじゃない。文章の集まり、論文みたいなものは相補的なものだから。組み合わせで決まるんだ。構造みたいな、ね。ここが決まれば、自ずと一方も決まるイメージだね。そう簡単にはいかないけれど。特に僕らが書いているようなものなんて、どの章で実証的な実験をしてその結果を次の章でまとめて、みたいな、わかりやすく整理されているようなものじゃないこともある。そういうのが書けたら役に立たない学問とか言われなくなるのかな」
「部分の総和より全体が上っていう」
「そうだねえ。有機的な結合が、大きな全体を作るような。どの文の価値もその文そのものだけではなくて、他の文との兼ね合いで価値が決定されるようにね。弁別っぽくね。そうやっていままでできてきた知の流れっていうものがあってね。それはとても大事なことだよ。目次だってそう。整理された情報群、という意味もあるからね。石田さんは、権威についてはどう思うかな」
「あまりいい言葉なイメージはないです。権威にすがって、無価値でも価値があるように擬態するとか、そういう」
伊波の笑い皺が少し深くなった。
「まあねえ。それはそれで正しいと思いますよ。世のなかそういうの多いから。でも考えてみて欲しいのは、大学だってそうじゃないか、って話です。石田さんがやってる修士課程ってのは、大学の権威をあなたに分譲する試み、とか言ったら嫌ですかね」
いい気はしなかったけど、あまり言い返す言葉も探せなかった。最初の面談を思い出していた。権力について書きたいと言って、フーコーを使うんだと鼻息を荒くしていたら「これは権力の構造があります、となんでもかんでも言えちゃいますからね。この面談だってそうでしょう」と言われ、テーマを掘り直すことになった。
「たとえば、同じ映画の感想をSNSで言っているひとがいたとして、それが、んー、たとえば高校生の投稿か、映画で博士号を取ったひとの投稿かだと、内容もだけど意味合いが変わってくるでしょう。この世界の嫌なシビアさはね、何を言っているかより誰が言っているかってのが、意外と重要になってしまうとこなんですよ。逆に言えば、その認定によって文系の知は理系とは異なる点があるわけです。理系のひとたちは論文の被引用数を競いますが、たとえばそれではソシュールはダメ学者でしょうね」
フェルディナン・ド・ソシュール。スイスの言語学者。活躍していた当初はあまり顧みられなかったが、のちに哲学の世界を一変させるきっかけとなる理論を構築していた。
「レヴェナントって映画がありましたね。死んだと思われ遺棄された男、これはディカプリオが演じていたのですが。彼が必死に戻ってくる話でした。revenir。再び現れるわけです。過去にいた存在が見えなくなっても、再び顧みられる。それをこの世界は学位によって担保しているわけです。ソシュールは、幽霊として再来したと言えますね。そして石田さんはまさにいま、その”誰”を担保されようとしている。一定の訓練を受けて、そしてその成果が認定された証としての学位を得ようとね」
過去と未来とのあわいに打ち付けられても、終わりじゃないのかもしれない。井波にそうですねと返す。伊波は少しの間を空けてから口角を上げた。
あなたのペルソナを分裂させている、いままさにそのさなかなんですよ。
最後に伊波が言った言葉をリフレインさせながら歩いていた。帰宅ついでに、伊波から教わったカヌレの店に立ち寄った。ガトーショコラとかも買ってたら二〇〇〇円近くになってしまっていた。
私は分裂している。というか、人間が、だろう。そもそも本来の私のようなもの、一意に定められる自分を仮定することそのものがナンセンスなのだ、というのはわかる。何しろ、さっき研究室にいた私と、そしていま部屋でカヌレに齧り付いている私とで、生きる時間も場所も違う。共有しているのは記憶の一部だけだ。差分を取ったらいくつもの差異が生成される。
流れてくるツイートのひとつに反応して、賛同の気持ちが湧き上がる。引用ツイートを見てみると元のツイートに対して尤もな反論がされている。これにも賛同の気持ち。はい、ここで二人目ができる。自分でも軸がないなと思い続ける。観た映画の感想は見ないことにしている。自分の感想がぶれるのが怖い。それでも批評は読んでしまう。”誰”の部分だなと思った。私もそうやって肩書きのペルソナでひとの心に闖入できるようになるのかもしれない。音もなく。そのひとが自覚しないレヴェルで、するりと。姿を透明に、半透明に、ちらちらと明暗させながら、言葉をさっと耳元に投げ込む。この肩書きのひとであれば安心だという規範意識を利用しながら。でもそれを書いた私は、自分をいちばん信用していないだろう。自分を見る、自分。主体の「この私」は逃げてしまったのかもしれない。ここには影武者しかいない。
あまり使っていない姿見は埃がくっついていて、そのせいで三人くらいいるように見えた。コンビニのいなり寿司を食べて眠った。
夢を見ていた。
屋根のない朽ちた壁が三方にそそり立っていた。白っぽい、ややベージュがかった壁。それを上から見たとき、コの字の右側の棒に対応する壁を背にして、なかの空間の中央付近。映写機が回っていた。もう使われなくなったのだろうなと直感した。フィルムもないのに、カラカラと音を立てて必死なようだった。
壁は砂地に立っていて、ときおり強く風が吹きつけた。壁は風に当てられるたびに痛んでいくようで、ところどころが削られていた。白っぽいところはざらついて剥き出しになった岩だと気づいた。元々は豪奢に彩られていたのだろう。いまはそう読み取り、窺うことだけができる。この壁は、この壁の痕跡を残している。
私はコの字の、ちょうど右上にある直角に腰掛けていた。足をコの内側に垂らしている。ワンピースのような一枚の布を筒状に縫い合わせてできた服を着ていた。緑色で、苔のような深さだった。壁は高くて(どうも三メートルくらいはあったように思う)、私の視点からは映写機は見下ろして見えるはずで、実際そのように見えていたのだけれど、同じように私は、音を立てながらありもしないフィルムを一生懸命に巻き取ろうとしている、あまりに機械的な機械を、すぐそばで立って見て憐れんでいた。硬い金属のボディは手に取ってもいないのにおよそその重さがわかってしまうほど、質量を身に纏っていた。でも、なんでもないのだ。ひとめ見て、骨董品だなと感じてしまう。これがもし、正規の使われ方をしたとしても、その瞬間にこの機会の実態は背後に退いていく。光の速さで。これはいつ、存在するのか。映画というメディウム――つまり媒体、なにかを媒介するもの――を映し出す支持体。媒体を運ぶもの。見えないものを見させるもの。変換器(コンバータ)。非自立的な、関係的な実体だなと思って、私の視点は浮遊して鳥のようになる。元の腰掛けていた位置にふわりと戻ってくる。逆再生したみたいに。全体が見えるようになった。強い風が来るなあ、と思って目が覚めてもふわふわとしていた。
急速に失われていく記憶を辿って、あの機械の虚しさを思う。そも、それは夢でしかない。脳を、全身をめぐって絡むツタのような神経系。電気が流され、そしてそれらの関係によって放たれ、備蓄され、堰き止められるエネルギー。奔流は加工を加えられ、検閲され、そして曖昧な姿で私の前に引き出される。その姿には肉がない。質量のないエネルギーは、運動が止むと同時に高速で去り行く。跡形もないままに。あったのかなかったのかも不確かに。
日曜日であることに気づいて、携帯の電源ボタンを押す。私の部屋には時計がない。あと一時間ほどで沙織との待ち合わせの時刻だった。ここから駅までは一〇分程度で着いてしまう。少し気怠い。沙織は随分とかわいらしい服で駅の出口に立っている。目が逢う。
「晴香ちゃん」
こっちを見ると、沙織は黒いパンプスでトタトタと駆ける。小動物。具体例がひとつも浮かばないけど。沙織と会うときは、いくらか意識して男性的な格好をしてしまう。沙織が私を見る目線のなかに、異性的なものを見て取っているのと同質なものがある。新しく買ったフーディのついたパーカーはコットンとナイロンの異素材の組み合わせで、少しマスキュリンな感じがする。そもそも好きなブランドの服だったが、これを買うときには直輝よりも沙織を意識したことを覚えている。「メンズのもお似合いになるかもしれませんね」と言った店員も私と同じショートウルフだった。レディースのフロア担当だから意識してレディースを着ているのだろう。きっとプライベートではメンズの服もよく着るのだろうなと直感を持ったことを覚えている。
「行こうか」
友人のような、恋人のような微妙な距離感で歩き出す。その服かわいいね。持ってたっけ、買ったの? と聞いてみる。お店の名前を教えてくれたけど忘れてしまった。Mしかない店だと言っていて、系統も違うし、トップスは割とオーバーめが好きなので行くことはないかなあとぼんやり考えて歩いた。目的の店に入ると周りは異性カップルばかりだなと思ってしまう。私たちはどう見えているのだろうか。私たち――それは沙織と、なのか。自分のなかで発音したWeに誰が含まれていたのか、自分でもよくわからなかった。その場に一緒にいるひとなのか。それとも一緒にいたいと常に頭の片隅にいるひとなのか。私たち、と一人称複数形で思うとき、友達の「だち」がくっついていて、私たちは私+他者だが、その他者は無限の距離にいない。「私」が入り込んでいる他者だなと思う。じゃあ、沙織は? 沙織のなかに私はいるのだろうか。でも、直輝のなかにいるかと言われると、かなり難しいのだった。ママのなかに私はいるのだろうか。ママのなかに私はいたのであって、もう取り上げられたはずなのだ。その腹を切って、私はまだ立てないのにこの世界に曝された。
洒落た体裁のメニューは、白だとか淡いピンクだとか、そういう色で覆われていた。お目当てのケーキを頼む。ひとつは品切れだったので、別のものに変えてもらった。
肘をついてふと窓から風景を見ると、沙織はひとしきり写真を撮り終わった様子で
「晴香ちゃんて、やっぱめっちゃEライン綺麗だよね。睫毛も長いしさ。いいなあ」
「そうかな。あんま気にしたことないけど」
「いつもマスクなの勿体無いよ。私なんて中顔面もうちょい短ければっていつも思うもん」
「沙織もかわいい顔してるじゃん」
「ありがと。でも私も晴香ちゃんみたいな顔に生まれてみたかったな。小松菜奈っぽいよね。もっと男っぽいっていうか、あぁ、それじゃ悪口に聞こえちゃうかな。なんて言うんだろ、ボーイッシュってか、中性的にした感じだと思う」
「女っぽくない?」
「あ、そういうわけでもないの。ごめんね、気を悪くしちゃったかな」
心配そうな目になって沙織は私の手を握る。不安になったのだろう。絡めてきた指が微かに動いて、擦り合う。接触を感じる。鼓動の回数だけ熱が伝わる。
「ううん、別に。褒められてるのわかるから。沙織に悪気がないってことも」
「でも、嫌な気分にさせたくないもん」
「だから大丈夫だよ」
にこりと微笑んでみて、食べようよ、と促すとようやく手が離れた。
「うん、そうだね」
沙織の笑顔は少し強張っているように見えた。
お茶を終えると駅前の百貨店をうろついた。沙織は最近、香水に凝っているようで、地上階のコスメを熱心に見ていた。
「晴香ちゃんも、同じの買わない?」
「私、香水あんま詳しくないんだよね」
「いつもマルジェラのやつでしょ? たまにはフレグランスのブランドが出してるやつもつけてみたら」
去年直輝にもらった香水をずっと買い足していたのだった。言わなかったけど。私が香水を付けて行くと「あれ、なんか付けてるね」とだけ言う彼は、自分が買い与えたものすら忘れているのだろう。
百貨店に入り、いくつかのブランドのブースを抜けていく。目的のブランドで、販売員が「どんなものをお探しでしょう」と語りかけてくる。私は曖昧に返答してみて、沙織が声を出すのを待った。
「そろそろ夏らしいやつがいいなと思って」
沙織の声に従うように販売員がいくつかの提案をして、それらが吹きかけられた香りを鼻腔に吸い込む。どれもいい香りで、でもなにが「いいもの」なのかひとつもわからなかった。私たちは強い香りを幾たびも吸い込んで過ごした。
「ねえ、西口行こ」
小さなショッパーを手にした沙織が振り返って言う。またか、と思う。それは合図のようなものだった。今日はあまり男っぽい格好でもなかったし、少し気が咎めたけれど従うことにした。沙織に求められたら受け入れることにしていたから。小さな自分ルール。沙織が誘ってくる声の速度は、音速を少しだけ超えて私に届くから、私も同じ具合に答えなきゃいけない。
西口のホテル街は、まだ夕方なこともあってひとがまばらだった。あまり周りに目線を送らないようにして、ホテルに入って行った。料金の表示はあまり見なかった。
「ここがいいよ、かわいい」
ベッドに天蓋のある部屋だった。レースの、ふりふりした部屋だった。私の部屋とは違う。沙織の部屋がこんなでも別に驚かないな、と思った。きっとそんなことはないのだろうだけど。
「シャワー、一緒に浴びる?」
「んー、先行ってきな」
「……」
気まずく思うほどでもない間を置いて、沙織の唇がいっしゅん頬に触れたのを感じると、申し訳程度の大きさのソファに座った。置いてあるペットボトルを開けて、何度か口にして湿り気を得て、iPhoneを開いたら、インスタのアイコンを押した。これ、何色なんだろう。さっき食べたパフェの写真をストーリーズに追加した。取っ手を捻る音がして、左後ろからシャワーの音が聞こえてくる。ホテルにいて、健全な時間の写真を曝すこと。今日の私は友達と遊んでいる。セックスの気配なんてさせない投稿。誰も知らない。何も知らない。私の投稿が点描する私の輪郭は、私のこの現実には到達しない。じゃあ、私はこれを誰に見て欲しいのだろう。閲覧者リストなんてもう見たくないよ。誰が私の生活を覗き見しているのか、誰が私の嘘を垣間見ているのか。知る必要はない。
「ね」
シャワーから上がった沙織の手が身体に回されて、私の胸の辺りをくすぐった。首に唇が当たる。全身の産毛が逆立つ。少しだけ不快感があったけどすぐに許した。
「お風呂、行くから」
「いいよ、このまましちゃお」
「汚いよ」
「んー」
沙織の手が服のなかに入ってくるのを感じて、服って防護するものなんだなあと思う。皮膚に覆われて、私たちはどうしようもなく隔てられているのに、その手の温かさと私の体温とが触れ合って、だんだんと温度の差がなくなって近づいて、そうやって個人が曖昧になっていく。呼吸の速度が、心音のリズムが同期する。体温が同じになる。それが気持ちいいんだ。
別に、粘膜の接触は加速する手段にすぎない。いちばん外側にさらけ出された内側をくっつけ合うことで、どんどん曖昧にしていく。刺激が脳と身体を震わせて、鼓動が共鳴して速くなって。理性と感情のあわいを、交互にスイッチングされる自分の脳を楽しんで、沙織の肌、舌、指、温度を交じらせる。ひとりじゃないよ。ひとりじゃないの。
「ねえ、好き?」
「好き」
沙織の問いに脊髄が応えた。互いを貪り合うような、というときに貪っているのは、相手じゃない。自分を見ている。相手を見すえて、そのなかに自分を見たい。あなたは私を見ていてくれていて、それで私は私を確かめられる。あなたに落ちる私の影を。あなたに映る私の像を。
沙織がびくんと身体を震わせて、三度目の絶頂を迎えると「もう、だめ」と肺から吐き出すように言った。私ももう十分だった。互いの内臓を触れ合わせようとしたとき、皮膚が邪魔をしているように思えるが、その臓器たちはどうなんだろう。心はもっと奥に、中心にあるような気がする。心臓のアナロジーにすぎないのか。では心臓を擦り合わせたら、それは心を近づけるような感覚なのだろうか。脳はどうか。臓器もまた、ひととひととを隔てているのではないか。中心を探して、人間の腹を捌いていったら、どれが残るのだろう。
「好きって言ってもらえた」
その夜の、沙織が設定している、親しい友達だけが見られるストーリーズには、黒地に白い文字だけが浮かんでいて、お星様みたいだった。私は何本目かの煙草に火をつける羽目になった。心ない言葉、というクリシェはこういうときに使うのだろう。別に、沙織になんの感情もないわけじゃないけど、彼女に応えているとは思えない。ホテルのチェクアウトの一〇分前に、思い出したようにレポートを見てくれと沙織が頼んできた。なんだか気が向かなくて「明日ちょっと帰省するんだよね」と断ってしまう。沙織は膨れていた。嘘じゃなかったけど、別にずらしてもいい予定だったし(ママに嫌味は言われるかもしれないけど)、ほとんど誤魔化しに近い受け答えをしてしまった。自分のなかに罪悪感の種が芽吹く前に、それを掻き消したくて、またこんど、アフタヌーンティでもね、と宥める言葉が口から出た。沙織は機嫌をよくしたようだった。打算的だった。不満一五ポイント。期待二〇ポイント。差し引きで五ポイントのポジティブな感情を残せた。チェックリストをこなすような生活は嫌だなと思う。コミュニケーションはクイズではない。正解を引いて、パーフェクトコミュニケーションを目指そう、なんて?
指を携帯の下部に押し当てて、そっと右側にすべせると、画面が一時、青に覆われる。最初に目に入ったツイートはあまり心に良くないものだった。直輝がいいねした、と表示されているのも一層最悪に拍車をかけていた。
「この映画はポリコレに配慮していないので素晴らしい」
チェックリスト的な評価だなあ、と思う。Twitterを見るとそういう評をしているひとを見かける。この要素がある/ない。別にどの立場であるかは問題ではなく、まず持って用意されたプロトコルを通らないものを排除するだけのプログラム。異質な棘を検出した瞬間に均してしまおうとする防衛装置。そんなの面白くないな、と思う。アニメが実写化するときもそういうことを言うひとたちが多いなと思う。「愛のあるひとに作って欲しい」とか、もうすでに自分たちが慣れ親しんだ姿になったものを、そのままの姿で丸呑みしたい欲望。食道を傷つけられずに消化してしまおうとする。そこには摩擦もない。じゃあそんなものは、食べていないのと同じじゃないかと思う。知っているものを、知っているように受け止めるのは楽しいのだろうか。
私は、天邪鬼で、批評家の作った創作が好きだと思う。映画批評家が作った映画とか、文藝批評家が書いた小説だとか。あまり出来がよくないと、「ふだん偉そうに批判しておいて」と言われているけれど、そういうところも好きかもしれない。それは歪な棘に見える。偉そうに言うことは必要なんだろう。誰もが作品に屈服すべきだと言うようなひとの多さが最近目について、特にファン・コミュニティの内部にいるとそういう圧力をミシミシと感じ続けている。
月額課金制の動画サイトを開いて、ぱっと思い浮かんだ古い映画を再生しはじめた。バイトを始めたての大学一年生のときに、貯金して買った安いプロジェクターに同期させた。うっすらグレーの壁にプロジェクターが光を放った。フルHDもない、720pくらいの画質で大きく投影するから荒くはなるけど、投影することに意味があると思う。ディスプレイで観ると、そこには発光体があるから。プロジェクターで観ている像には、そういうのがない。
“Allez vous faire foutre!”
画面の男がこちらを向いて叫んだ。そこで止める。リモコンがわりのスマホにタッチして画面を止める。満足してしまう。続きを観る気がしないで、ベッドに身体を放ると、YouTubeを付けて、どうでもいい動画で時間を潰してしまう。
学部生のときは、映画の研究をしようと思っていた。でも、そんなのは無理だって気づいた。映画は好きだけど、でもその好きは別に、普通よりわずかに、という程度のもので。週に1回程度映画館で新作を観て、まあ半年に一回くらいは梯子して観るかなという程度。年間本数が五〇いくかいかないかだと気づいて、早々に諦めた。YouTubeで一〇分とか二〇分の動画をいくつも眺めて、あっという間に二時間くらい経ってしまう。なら映画でも観ればよかったな、と思う。でもそうはしない。そうしないことも、あえてやってみているのかもと思ってきた。画面を下から上になぞって、違うアプリを立ち上げる。映画館のアプリ。行きつけの映画館は新宿で、いつも歩いていくことにしていた。特に理由はないけど、うちから歩いて新宿まで行くと一時間くらいで、頭のなかを空にしながら歩くでも、何か物考えをしながらでも、ちょうどいい時間だった。最近のお気に入りは、電車で行って徒歩で帰ること。映画を観て、ぼんやりと考えながら帰って、ベッドに転がると、大抵いい気分になれる。そういえば、と数ヶ月前に登録したFilmarksを数ヶ月ぶりに開いて、なんでこんなにみんな語りたがるんだろうかと不思議になる。映画より、映画について話すのが好きなひとが多いのだろうな。もちろんそこには自分も含まれていて、映画評の多さと映画評への評みたいな循環を見つめている。SNSでは、映画のすごいところを部分的に繰り抜いたものが流れてくるハッシュタグだとかそういう、断片が氾濫しているなあと漠然と思って、じゃあもうダイジェスト版でいいじゃない、と思いさえして神経がやんわりとしなだれる。そういうのに抗うために映画館に行く。つもりなのに、映画館には映画館の窮屈さに満ちている。予約して、時間きっかりに行く。開場して、席に座り、お金を払っているのにCMを眺める。すべて企図されたプログラムだ。予約するときに書いてあった開始時刻なんてとうに過ぎているのに、宣伝を見続けて、ついでマナーを守れと激しく言われる。関係、関係、関係だった。映画が始まると、誰もが消えてしまうのに、それまでは誰もが共にいる。スクリーンの上に結ばれる像と、私(たち)。(たち)は不安定に点滅している。意識を向ける方向の問題にすぎない。状況は何も変わってなくても、意識の方向だけで意味は変動して、場が書き換えられる。
じ、と一瞬携帯が震えたと同時に上から通知が来る。直輝だ。「明後日って何してるの」。一瞬考える。特に予定はなかったから、またインスタのブックマークを見て、いくつか気になった店をピックする。URLを取って、指をずらしてLINEを開く。あれ。
「送信取り消してんじゃん」
あんまり独り言とか言うタチじゃないのに。ママみたいでやだ。
送った後に用事を思い出したのかもしれない。そう考えてみると少し癪だけど許せる気がした。意識の方向は大事なんだ。部屋のすみのプロジェクターは、掃除したばかりなのに埃をかぶっていた。
ママのスマホはAndroidで、安くてもそれなりに性能がいいと評判のものだった。三年前に買い替えると言って、ビックカメラで私が選んだのを覚えている。
「もうね、上のほうにずーっとうっすら文字が浮かんどってね、幽霊みたい」
「しょうがないよ。有機ELだしさ」
「画面は交換できないの?」
難しいと思う、古い機種だし、iPhoneならともかく、リズムよく口遊むと、ママは「買い替えかあ」と苦い顔をした。
「いいじゃん、最近も安いのあるよ」
「もう諦めてiPhoneにしようかな」
手のひらのなかで遊んだスマホはところどころに傷がついていて、おっちょこちょいなママが日常的に落としまくっていることは容易に想像がつく。フィルムは貼っているようなのでなんとか画面は無事だった。
ママの運転で電気屋に行く。実家から車で五分もかからないショッピングモールのなかだった。駐車スペースを探すほうがむしろ時間がかかっているなあと思うし、徒歩と電車でどこにでも行く生活に慣れてしまって、むしろ車に乗るのに煩わしさもあった。徒歩は気楽で好きだ。交通法規というものが緩い。車は厳しい、と言っても晴香の地元は運転が荒いことで有名だったが。徒歩であれば、好きに出歩いて好きなタイミングに好きなほうに曲がれるし、多少信号を無視したところで別に気にしなくていいのが楽だ。新宿に、車なんか来ないような細くて人通りのある、申し訳程度に信号機の付けられた道があった。バイト帰りにぼうっとして、赤信号で渡って、警官に怒鳴られたことを思い出した。意識が胡乱でも、人間しかいないことなんてわかっていた。「赤信号ですよ!」と耳に届いて、でも私は動物じゃないしさ、と思ったこと。記号としての赤信号。夜に浮かぶ赤い光。危険を知らせている、のではない。交通を整理する。人間を統制する。群れとして。システマティックに動かす装置。そんなの好きくないな。
ショッピングモールと同じ敷地の、少し離れた建物にある電気屋に入った。手頃なスマホとiPhoneをしばらくじっと見ていて、一時間ほど経ってiPhoneの袋と、純正のケースとを紙袋に入れて嬉しそうに抱えていた。
「あんた、古いのいる?」
ママにとって私は機械好きの子供だった。そういえば、私が文学部に行くと言ったとき、ただでさえ丸い目をさらに丸くしていた。あんた、理系に行くと思ってた。と、野菜炒めを口に運んでいたのを記憶している。でも私、本読むのとか好きだし、と口のなかで発音したのが届いたかはわからないが、まあなんでもいいんじゃないと、視線をテレビに移していた。録画した朝ドラを流していた。彼女の視線には寛容さと興味のなさが入り混じっていた。お茶漬けのなかに塩辛を入れるのがママは好きで、その日もそれで食べてた。変なひとだと思うし、祖父母からも変な食べ方をするねと言われていたらしい。親。とその親。その腹から出てきたのに隔たっているなあと思う。二重螺旋が伝える情報は、それがどのように開花するのかわからないし、ただ伝えられただけの情報もあるのだろう。だとすると、そいつは本当にいると言えるのか。いるという情報だけが伝達された実体のない存在は実在すると言ってよいのか。残像が脳内を駆け巡ることで、「みる」ことが可能になる映像たち。それらは存在しない。存在しないが、ある。存在と実体。実体がなくても存在しうるなら。裏。実体なら非-存在か。私の、この実体は。剪定されたアベリアの枝と花が花瓶に入れられていたのが目の端に映っていた。なんだか色が強く見えた。白くて、何かを反射しそうだったから怖かった。
家電屋の、たくさんディスプレイが並んでるコーナーにきた。六〇とか、一四四とか。たくさんの数字が並んでいる。リフレッシュレート。ディスプレイが一秒間に何回更新されるかを競っている。二四回で十分じゃん、と思うけど。目の前で比べられてしまうと、十分だと思っていた基準はなんて遅いんだろう、よくこんなダラダラ途切れ途切れの映像を、映像だと認識できていたなとさえ思う。六〇は欲しいと思わされる。ふだん、映写機が投げる秒間二四回の静止画の更新に、なんの違和感もなく入り込んでいるのに。むしろ、私がこのディスプレイから離れたら、二四回更新を遅いとは思わなくなる。一四四の上は二四〇らしかった。もう区別つかない。でも、わからないなら、自分の眼球が実は二四〇回更新なのかもしれないのだ。人間の目は更新していない、連続的なものだ。アナログなもののはずだ。でも、わからない。二四〇Hzのフレームレートの違いがわからないなら、じゃあたとえば私の眼球が六〇〇回、いや、二〇〇〇〇回の更新だったら、それはアナログと同じになる。あまりにも更新の速い断続は連続と同じになる。なるわけがない。区別がつかないことと、それがそうであることには、断絶があるはずだった。その隔たりもまた、更新されていく。ディスプレイの技術革新が、やがて人間の目の大差なくなったときに、連続と断続の断絶は、どれくらいの速度で回転するのだろう。
受け取ったスマホの上側には、通知バーがじっとへばりついていた。幽霊、とママは言った。そうかな。こんなにもはっきりと見えるだろうか。通知バーがいつまでも佇んでいて、バッテリーのところが、もうどこまで充電されているのかわからないくらいにぶれている。コンタクトを外したときの視界を思い出した。乱視で、ものが複数に重なって見える。それのひどいやつ。ぶれにぶれた結果、そこにある。そこにあり続けている。いつまでも。映像が残像ではなく、消えてなくならずにそこにあり続けたときのように。存在そのもの、よりも、存在感。きっと幽霊にはそれが必要だなと思った。
ディスプレイに使われている有機ELの、ひとつひとつの発光する粒が劣化して特定の光を翳らせているだけのその焼き付きは、存在感よりも存在に軸足が傾いている気がした。
買い物を終えて車に乗り込むと、沙織からLINEがきていた。
「ごめんー、気にしないで」
その上には送信取り消しとあった。届かなかったな。
直輝の送信取り消しがずっと心のなかにあって、きっとなんでもないようなことなのに、気になってしまう。
好きだよと言って、俺もだよと返ってきたことがあった。それに反応できたのは、バイトが終わってからだった。受信から四時間が経過していた。
「ほんと。嬉しい。両思いじゃんね笑」
少し照れていた。
「だねー」
しばらく直輝はそっけなかった。好きだという言葉に応答した人間の振る舞いだと思えなかった。すぐに反応しなかったから怒ったのかもしれないと不安になったけど、どうもそんな感じがしなかった。言葉の消費期限が切れただけだった。
言葉の消費期限は、日々早くなっている。直輝のメッセージが私に運ばれてきた、その遅延が致命的だった。瞬時に運ばれてきたLINEにとっては、むしろ遅延が重要なのだった。二日かけて運ばれる手紙は、きっと二日かけて考えられ、それなりの時間をこめて綴られる。「友達になってください」の文字を掴んだボトルメッセージが伝えるその意思は、一年や二年で途絶えることはないだろう。二時間の電車に乗るより、二時間のフライトのほうが身に応えるように、伝送距離、つまり媒体の速度が問題となっている。それがメッセージの賞味期限を決める。亜光速で送受信される私たちのメッセージは、亜光速で思考され、凄まじい速度でディスプレイへのタッチによって打ち込まれる。それは決して綴る、と呼ぶべき慎ましさはないんだろう。鬼気迫る指の接触。物理的な押下。タッチ、フリック、タッチ。脳が正解の文字を朧げに浮かべたまま、その姿を掴み取るよりも速く「正解」の漢字が浮かび、それを選び取る。それでも手紙は届いてしまう。配達される。誤配は、異なる住所に届いてしまうことではない。異なる時間にやってくるのだ。昼に来るべき手紙が、夜に来る。新幹線で運ばれるべき手紙が、徒歩でやってくる。ある文章には、相応しい時間がある。読まれるべき時間帯と、運ばれるべき速度。書かれた速度がそれを決めるだろう。世界はあまりに速すぎる。
バスにしか乗ることはできない。同じ距離を、私は新幹線ではなくて古めかしい四輪で往く。車輪が私をゆったりとした速度で運ぶ。文明ができたときから人類に寄り添ってきたそれで、慎ましく東へと戻る。
Twitterを開くと、画面に青地に白抜きの鳥が現れ、こちらへ迫ってきた。青い鳥、じゃないんだな。そりゃあそう。幸せらしきものを、自分でダメにしようとしているんだもの。反転した鳥であるべきだ。
アカウント名やパスワードを羅列したメモを遡る。もう忘れてしまっていた、見慣れたIDをコピペして、パスワードは単純に私の名前だった。もうちょっとひねればいいのに。きっと始めるときにむしゃくしゃしてやって、そんでそのまま変えることがなかったんだろう。そんなもんだ。ぽちぽちと入力してみたら。ああ、入れちゃった。
「低浮上でごめん。過去画」
最後のツイートに写る、顔は曖昧なくせに身体だけはっきりと見える私は、どこか違う場所を向いていた。少しだけ映る唇は笑っているように見えた。私にはそう見えた。私が。そのときの気持ちなんてもうちっとも取り出せないけど、これはこれで楽しくやっていたことを思い出す。このなかの私が実在したのかはあまり定かじゃない。「21/さんばんめ/どっかのだいがくせい」というbioから、まだ学部にいたころの自分だとわかる。直輝と会ってからログインしなかったから、どう考えても学部生時代なのだが、でもまあそう再確認したのだ。メディア欄を遡って、たくさんの自分を見る。誰とも目が合わない。
「ひさしぶり」
携帯を放り投げた。ベッドのスプリングが携帯を〇.一ミリ弾いて床に落ちた。真四角のケースの直角のすみが床に当たった音がした。なんかね、隠喩だね、と思った。あからさまで笑う。あーあ。シャツを脱いだ。携帯を手に取った。部屋の照明の向きを確認した。目線を知らない方向にずらしたら、何も観えなかった。iPhoneのやけに大きいシャッター音が響いた。
「どしたん。やめたのかと思ったw」
一枚写真を上げてからは早かった。携帯の通知は、昔少しだけ会っていた人間からのメッセージを告げていた。無視。
嫌な思い出ばかりが脳裏に浮かんでは消えていく。こんなことしてる場合じゃないのにな。
「ひさしぶり」
見覚えのあるアイコン。青い、五枚の花弁を持つ花。音楽の趣味が合うひとだった。いちど、一緒にライブを観に行ったことを思い出した。そのひとが振り上げた手から汗が跳ねて、頬に当たったのを覚えていた。その日の内容に対応したプレイリストはいまでも聴いてるわりに、一緒に行った相手のことはあまり覚えていなかった。携帯を置いてシルエットを思い浮かべてみる。柔らかなベージュのカーディガンを羽織った、フレアカットのスラックスにDr.Martensのブーツ。大学生ですね、と思ったことが思い出された。でも顔は出てきてくれなかった。記憶にもやがかかって、とかではなくて。欠落していた。初めからそこにはなかったかのように顔がなかった。いちど会って、ライブに行って、同じ場所に泊まって、朝起きてセックスを少しだけして、解散した。そのすべての時間で私は相手の顔に気づかなかったのだった。目線は彼を透かしていた。その向こうに誰かを見ていたわけでもなく、ただ透けていた。
携帯を早々に閉じて、また開いた。通知を示す青い円のなかの数字はカウントをとうにやめていた。もう何年も前から訪れなかった場所の割には反応が返ってきたものだ。
直輝と知り合ったのもここで、ここを離れたのは直輝のためだった。自分と定期的に会うようになって、直輝のアカウントがなんの前触れもなく消えたのに気づいたのは、あまり浮上しなくなってしばらくしてからだった。そのときはタイムラインだけ眺めて、ついでにフォロー欄を見てみたら、よく知っていたアイコンがなくなっているのに気づいて、直輝がここからいなくなったことに気づいて、私もログアウトした。そういうことだと察したから。
ここには誰もいないんだなと思う。私の上げた、肌色の多い画像に映るひとはどこを見ているんだろう。どこにいるんだろう。画像を正方形にクリップしたときにそっと消した、画像加工アプリによるウォーターマーク。スマホのカメラが光を受け取って、バイナリの、二種類のデータとして画面に表示し、アプリがその線を歪め、そしてそれらしくレンダリングする。データを受け取って構築し直す。ゲームと同じだね、と思った。マシンパワー、計算能力を使って与えられたデータをその都度加工するなら、レンズで映していてもそれはもはや映像を観るというよりゲームに近いのだろう。もはや、記録ですらない。ここには誰がいるの? たまたま写っているだけでしょう。ふたつの、取り消されたメッセージを考えた。そこには何があったのだろう。もう知ることはできない。取り逃がしてしまった。心臓がきゅるると収縮していく。次いで心臓を覆う筋肉やら膜やら骨やらが中心に向かって折りたたまれていく感覚がある。細胞が振動する。波が伝わる。私のリズムが変わる。細胞の波長が変わり、可視光線との関係が雑多になっていく。部屋のなかで横たわる私は点滅していた。自分のなかに巻き取られていく。ぎゅるぎゅる。巻き取られても。吐き出される先はあるのか。
ママからもらった幽霊の映る携帯電話のライトをつける。ちゃんと動くみたいだ。テーブルに置いたプロジェクターが壁に大きく映し出された。なんだかそれが化け物みたいだった。固体を感じさせる真四角な影だが、レンズ口の部分が突き出ていて、なんだか歪だった。ぽっかり開けて、どっしりと構えている吸引口に見える。私が動くのを待っている。身じろぎひとつで化け物は飛びかかってくる。ライトを押す。私の指に反応しない。処理が遅れているようだった。スマホが振動して、怪物は身震いした。私を見つめている。影。ファンタズマゴリア。光が、影が、私を痕跡の世界に連れ込む。晴香の噛み跡を思い出した。胸元のファンデーションは掠れてしまっているかもしれない。私はスマホを離せない。この時間が終わってしまう。影が動く。ゆらゆら。めらめら。ぬるぬる。本物なんて、この部屋にはない。きゃらきゃら。映写機が回る。歴史を投げ映す。ひとの息はない。観客はいない。幽霊屋敷が出来上がる。
私の身体に反射されていたはずの可視光線はいつしか細胞を突き通して、どんどんと柔らかくなっていった。
蝉の声が聞こえはじめる少し前、石田晴香との連絡が途絶えた。最初は飽きたんかなとか、他に男でもできたかだろうと大して気にせず過ごした。いるならいるで、互いの欲望を持ち寄り、いないならいないで、それぞれの生活をするだけだ。
すべて止まっている、と気づいたのはもう何ヶ月か経ってからだったと思う。インスタもTwitterも止まっていて、LINEの返事も返ってきやしない。俺は晴香の家を知らないし、インターネットで交差してなければ、ぜんぜん晴香との接点は消えるらしいとそのとき気がついた。恋人という意味での彼女、であれば違ったのだろうか。さして変わらないんだろう。結局のところ、連絡先が何かの拍子で消えたらたちまちに霧散してしまう。そういうことが頭によぎってから、晴香はそれを恐れていたのだとわかった。出会ってしばらくして、定期的に会うようになったときに電話番声を交換することを申し出されて、使わないからいいやと言った覚えがある。晴香はそれ以上何も言わなかったと思う。
停止した彼女のSNSは、外側から置いていかれているように見えた。周囲は勢いを増しながら走り去っている。トレンドは数時間ごとに入れ替わり、ひと月もしないうちに流行りの音楽が変わる。高校生活を終えて、浪人して行き場がなかったころ。バイトをしながらなんとなく勉強をして、しかし閉じた世界は広がらなかった。同級だと思っていたひとたちが次の世界へと進んでいるような、いや違う、世界ごと進んでいって、自分は引きずり下ろされている感覚。音もなしに。縛り付けられる。まるで死人だった。前年に埋葬されていたのだった。年が越せなかったんだな。光速で進み止まることを知らない世界に追い抜かれ、違う時間に生きた。晴香もそうなのかもしれない。俺たちとは違う時間へ、生きるあり方を変えてしまったのかもしれない。晴香を置いていっても、世界は変わりなかった。俺しか気づいていないのだろうか。むしろ、晴香の不在を感じないほどに、彼女はいるのかもしれない。
晴香に「面白いよ」と教えられた動画を思い出した。あるコントの始終を映したもので、もうあまり活動してない二人組の芸人によるものらしかった。二人の男が透明人間について話す。
「昼間に星は見えないけど、その存在を疑うか?」
「俺は星を見たことがあるから信じる。けど透明人間は見たことねえもん」
星を見たから、また星が出ると思う。いまのところ繰り返されている。過去の瞬きを信じ続けている。またそれが見えると。同じように、晴香という現象の瞬きも、いまは見えずとも感じているのかもしれない。期待や祈りに近いのだろう。晴香は星になったと言えるのかもしれない。それとも、透明に?
晴香のまだ無色でない部分、残ったTwitterアカウントのいいね欄を見てみた。政治的、と言っていいツイートたちがちらほら見える。晴香のいいねしたこういうツイートはたまにタイムラインに流れてきていたが、気にすることはなかった。彼女自身は別に運動に参加しているような素振りではなかったけど、俺が迂闊に言うと忠告をしてきた。懐かしい。いままでまったく気にしてこなかったことが多い気がした。何も気にせずにすんできてよかったね、と言われた気もした。
許せない、許せない、許せないな。誰も彼も。忘れたふうに生きるなよ。納得してんじゃねー。
コンピューターに向かって文章を打ち込んでいく。違うよ。言うことを聞いて。
画面に浮かんだ四角い箱に必死に書き写す。その隣で光る、もっともっと小さな発光する箱。吹き出しが浮かんでいる。エンターキーを押すと下から箱がぬうっと出てくる。だめ、やり直し。
「”春香ちゃんは私のことを沙織と呼びます。やり直してください”」
「”すみません。沙織と呼ぶようにします。他にお手伝いすることは……」
むかつく。最初からやり直しじゃんか。
「”以下の文章は、二人の人物のやりとりです。一方は私です。あなたは私の発言に応答している人物の言葉運びや発言のクセを学習してください”」
パソコンの隣に置いたスマートフォンを横目に見て、そこに浮かぶ文字列をひたすらに入力している。
もう、何年かが過ぎていた。晴香ちゃんがいなくなって、すぐには誰も気づかなかった。誰も何も言わなかった。先生に聞いても「そういえば最近見ないね」くらいの梨の礫だった。私はとっくに大学を卒業してしまっていた。晴香ちゃんがいた研究科に進むことも考えていたけど、どうしてもできなくて。晴香ちゃんは女の子なのに(みたいなことを言うと、「そうやって自分の幅を狭めちゃいけないよ」と晴香ちゃんに嗜められてしまう)、パソコンが得意でよくレポートとかのときに助けてもらってたのを思い出した。だからITに行って、未経験だけどそれなりに頑張っている。数学は割と好きだったから、文系だったけど数学受験もしたし、なんとなく性に合ってる気はした。その甲斐あって、コンピューターへの苦手意識も減って、いまではこうして、恩返しをできている。
死んでしまった。私はそう思っている。誰がなんと言おうと、死んでしまっているのだ。過去に閉じ込められている晴香ちゃんを取り戻さなければいけない。もうしゃべらないなら、しゃべらせればいい。幸い、たくさんたくさん話した。最初の会話から、最後の会話まで。晴香ちゃんの、少なくとも私といた晴香ちゃんの姿を再び生きさせることはできる。足りなくてもいい。それでも、何万分かの一でも、晴香ちゃんの生きた跡を残さなきゃいけないんだ。
アカウントを切り替える。こっそり知っていた、晴香ちゃんの本アカウントを見た。きっと聞いたら教えてくれたのだろうけど、教えてと言う勇気はなくて、知り合ったアカウントでやりとりをしていた。そこにいた、きっと晴香ちゃんの彼氏だろうアカウントが、平然とツイートしているのがどうしても許せない。何?
「管理職の半数を女性にしなければ、というのを強制力で行う違和感はあるけど、そうでもしなきゃ変わんないのかもな。。。」
なんだこいつ。これに十二いいねついてた。サンプル収集のために、こいつのアカウントを遡ってみる。すると、晴香ちゃんとやりとりをしているくらいのときは、「バイトだるいな」「楽しいほど後に引きずる呑みがあった。。。」くらいのもんだった。学校をやめて古着屋でバイトして、なんで晴香ちゃんが惹かれたのかあまりわからなかったけど、そういうもんだろう。私は、別にゴールなんてないから、諦めながら、それでも側にいれたらよかった。だからわかんなくていいんだ。違うもの。
DMを開いて、相手が引っかかりそうなワードを入れた。晴香ちゃんの交際相手、佐藤直輝は晴香ちゃんを覚えているようだった。私たちは新宿で待ち合わせて、必要な会話をすることになった。
山手線を降りて、東西を貫く巨大なトンネルのサイネージの前に立っていた。晴香ちゃんと新宿に来たときはこんなのなかった。
目の前に現れて声をかけてきた男は、ウェーブした髪をウルフカットにしていた。東口を抜けて、長居できるカフェに入った。前はずっといられたけど、最近は九〇分制になっていた。
「みたよ、ツイート」
「どうも」
「なんか、ひっどいツイートに引用に噛みついてたね。ウケる。ああいうの、むかつくんだ? 差別っぽいの」
目の前の男は、あまり興味なさそうにしている。春香ちゃんの前でもずっとそうしていたの。
「リベラル? だっけ。まああなたの政治思想には興味ないけどさ。でもそうやっておしゃれして、カルチャーぶって、たまに政治的なことにも触れてしまう。伊勢丹の周りでたくさん見るよ。直輝くんみたいなひと。別に茶化してるんじゃないけどさ」
立て板に水ってこういうことかとしゃべり続ける。たまっていたものが流れ出る。
「あんま、ひとにそういうこと言わないほうがいいですよ」
うるさいな。
「てかさ知ってる? 知ってるよね、晴香ちゃんはさ、首元が荒れやすいの。なんでだと思う。コンシーラーつけて、帰って疲れてそのまま寝ちゃうんだろうね。あたしと会うとき、いつも付けてた」
「へえ、そうだったんだ。俺はあんまり気付かなった」
「直輝くんはさ、初めて会う今日より前から、存在感をばんばん感じさせてくれてたのよ。君の足跡みたいな斑点がさ、目に毒なの。でももう晴香ちゃんはいない。じゃあ、晴香ちゃんの跡を、私は残してやらなきゃいけないの」
「あんた、何言ってるの」
「最近さ、すごいよね、最近のテクノロジーって。AIが自然な文章を返してくれるチャットがあってね。そこに晴香ちゃんとのLINEを打ち込んでみたの。私がこう言ったら、こう返してくるんだよって。そしたらさ、晴香ちゃんみたいなこと言うんだよ。完璧じゃないけどさ、でも、思い出なんかあてにならないものじゃなくて、風化なんて恐れないですむの」
「やめなよ、品がない。ゾンビでも作る気か?」
急に咎めてくる。春香はもういないの、わかってるだろうと続けてくる。何言ってるんだろう。だからやるんじゃん。思い出になんかしてやらない。
「ゾンビ、いいね。でも本人がいないならもう死霊術かな。ネクロマンサー。はは。死者と愛を交わしたらネクロとのロマンスだねえ」
さっきまで伏せられていた眼は完全にこちらに向けられていた。春香ちゃんの像を通した水晶体がいまは私を通しているのが不思議だった。
「直輝くんのさ、社会活動? ってかツイート? 急にするようになったけど、晴香ちゃんがいなくなってからだよね。知ってるかな、冷蔵庫の女って言うんだってさそういうの。晴香ちゃんが大学生のときに書いてたレポートを見せてくれてね、知ったんだ。あなたは、晴香ちゃんがいなくなったのを”いいことに”変わったんだ。春香ちゃんって、きっかけじゃないんだよ。生きて、呼吸をしていたんだ。なめんなよ」
直輝くんは立ち上がる、伝票を持って出ようとする。あーあ、男らしさじゃん。
「ねえ」
「何」
「春香ちゃんはね、ときどきすごく独りだったんだ。私や直輝くんがいるとかいないとかじゃない。世界の速度に置いていかれるんだって」
大学の一般教養科目で学んだ台詞を思い出した。それだけ言っておきたかった。
「それさえなければ、春香ちゃんは、本当にいい子だったのにね」
嫌な顔で帰っていった。スカッと。本当に最悪。実際のところ、帰ってくるとかこないとか、あんまり問題じゃないように思う。別に、春香ちゃんは本人だけで成り立っているわけじゃないものね。
新宿は晴れている。手元に作った幽霊は黙っている。